birthday

 何が苦しいのだろう。

 こんなにも恵まれているのに。

 夏の朝らしくもない湿った空。カラスの声。その陰鬱さを吸い込んで膨れた肺は、全身に濁った失望を巡らせる。

 身体を満たすその失望の感触を確かめながら、自分は期待していたのかと気づく。

 いろいろあったけれど、すべて乗り越えて、喜びでいっぱいのこの日を迎えられましたと、言えるのではないか。

 屈託のない笑顔を、祝ってくれるすべての人に向けられるのではないか。

 そういう、ごくありふれた、模範的な物語の中に自分を位置づけられることを願っていた。

 現実には、この日が意識される時期になってから、どこともなく焦り、自分でいるのが苦しい気持ちになった。逃げたくさえあった。怖いと思った。

 一番幸せでいるべき日に、幸せでいることを願われる日に、その期待に答えられないことが怖かった。失望をされるのが怖かった。期待に応えられないことで、私の大事な人々が、私によって、否定されてしまうのが怖かった。失敗は許されない。この日は一年に一回しかない。

 

    自分というものが消え入るような、消え入る方が自然なような、そういう時期があった。

    自分であることをやめたいと、何度も吸い寄せられ、それでも大事な人たちを思い、この世の際をとどまっていた。

    そうしているうちに、その時期は夢だったように私を去り、私は"普通の"人としてまた日常を歩き始めた。

    そういう物語を描いていた。

    あれからずっと経った今でも、時折、死が頭をかすめることがあるなど、どうして言えよう。

    過去に封じ込めたはずの"つらかった時"が本当は今も細くも長く続いているだなんて、どうして受け入れられよう。

    私は自分のために、私のために祈ってくれた人たちのために、私とともにいてくれる人たちのために、幸福に、生きていなければならない。幸せに生きているところを見せて、もう大丈夫だと思わせないと/思わないといけない。

    自分の生まれた日は、そういう意味を、使命を一身に背負い込んだ特別な日だった。

    それなのに、生きているのが苦しいと、思ってしまっている。

 

 蝉が鳴き始めた。

 その声で少し、外が明るくなったように感じる。

 泣いていた。

 幸せな気持ちで、この日を迎えることに失敗した。

 誰かに申し訳ないと思う。自分に失望する。失望される。失望させる。

 でもその中に、何かからっとしたものを見つける。

 諦め。

 未だ重苦しい湿度を肌に、肺に、感じながらも、ずっと呼吸がしやすくなったことに気づく。

 今日を完璧な成功の日にすることはもうできない。

 それが、悲しいよりも、ほっとした。

 今まで、私を締め付けてきた期待、誰のものかも、どこから来たのかもわからない、苦しくもその手を振りほどくことができなかった期待が、肩をすくめて離れていく。

 残ったのは、幸せになりきれない自分だけだった。

 幸せでないことができた。幸せでないまま、ここにいることができる。自分が幸せでないことを認めて笑っている。

 私がいつ、幸せになりたいと思ったのだろう。

 私はただ、たまに楽しいことを見つけながら、ゆっくり歩いていたいだけだった。そこに幸せがあるのかないのかも考えないまま。

 幸せの物語に収まってくれない自分が、ひどく面白くて、愛らしく思えた。私を祝福する気などさらさらない曇天を眩しく見上げる。

    愉快な日だ。

味噌汁にハンバーグ

 むすっとしたハンバーグを前に、居心地悪さを感じている。午後十時。

 そうはいっても仕方がないだろうと、物わかりの悪い子供に弁解する、ようなふりをして自分の落ち度を子供に擦り付けようとする父親のような情けなさで上目に見るが、どうやら許してくれてはいなそうだ。

 どうして、どうしてすぐに食べてくれなかったの。わたし、わたし、プレミアムの方だよ。ファミマのパウチハンバーグの中でも、他の子の倍もするやつだよ。

 ハンバーグの恨み言が聞こえてくる。ハンバーグ界にもやはりプライドというものがあるのだろう。この子は生まれた時から他のファミマハンバーグとは格が違うものとして育てられてきたのだ。そういう矜持を、私は踏みにじってしまった。

 謝りながら、それでも、その機嫌を崩しもう湯気も立てずただぢっ…とこちらを睨んでいるだけのハンバーグに手を付けないまま、カット野菜の袋にごま油とポン酢を入れただけのものを頬張っている。私は薄情だ。どんなに口では謝っても結局自分のベジファースト一つ相手のために譲ることができない。気の弱そうな困り笑顔と薄っぺらい謝罪の言葉の裏にある私の冷淡さを、このハンバーグは見透かしているのだろう。だから私は、ハンバーグの目を見ることができないで、気まずく視線を泳がせている。

 泳がせた視線の先にあるのは、味噌汁。具がネギしかない、気持ち色の薄い味噌汁。今日に限って――夜遅く帰り、プレミアムなハンバーグをレンジにかけたイレギュラーな日だ――なんか味噌汁を作ってしまった。二ヶ月前に一人暮らしを始めてから、初めて。

 私は味噌汁が好きではない。幼い頃から、この汁物を飲むべきとされていることが全く自明に思われなかった。味噌を溶いた水――なぜ味噌じゃなきゃいけないのか。なぜこの味じゃなきゃいけないのか。私にはわからなかった。毎日飲むほど美味しいとはとても思えなかった。具も豆腐とか大根とかニラとかときめかないものばかり入っている(なめこの味噌汁だけは別で、あれは味噌汁という大カテゴリの中の小カテゴリではなく、味噌汁と同格の別の汁物だ。明らかに味とわくわく感が違う)。かくして、なめこの味噌汁の日のほかは、洗い物を急ぎたい母にどやされながら口をへの字に結びお椀をのぞき込むのが私にとっての夕飯だった。私を置いていくみんなのご馳走様の後のお椀には少し残った汁が円を描いている。少し残すのがマナーらしいと当時の私は思い、その円をどれほど大きく残して食卓を去れるかのチキンレースをしていた。少しずつ大きくしていき、数回に一回母に怒鳴られた。

 それが味噌汁だ。生まれてこの方、味噌汁は義務だった。味覚が変わりこの味のよさがうっすらわかり始めていながらも、なおこの汁の前で相好を崩すことはしない。お前は絶対に過大評価されている。私はだまされない。

 それが、一人暮らしをすると同時に義務でなくなった。味噌汁の重圧からの解放。私はその、物心ついてから初めての自由を謳歌した。汁物のない食卓。ウェルカムだ。たまにスープは作る。でもずっと味噌は買わなかった。作られなかった味噌汁の、別にいいけど……本当にいいの?という声が聞こえてくる。今更猫なで声を出してきたってもう遅い。私は本気だ。特権的な地位を与えられた者は堕落する……それは人間も汁物も同じだ。愛され慣れた者特有の無自覚な傲慢さ。別に味噌汁が悪いわけじゃない。味噌汁を担ぎ上げ、勘違いさせてきた大人たちが悪いのだ……。

 でも、私ももう大人になった。大人といっても二種類あって、味噌汁を作らない自由を持たない大人と持つ大人がいるが、私は後者だ(もちろん前者は二ヶ月前までの私である)。作らない自由を持つからこそ、本当の意味で味噌汁を作ることができる。もはや私は味噌汁を作らされず飲まされず、それだからこそ自ら味噌汁を選び取ることができるのだ。決して、1週間前別の料理のためについに買ってしまった味噌を使いあぐねているという理由で作るわけではない。

 問題になるのは具である。ときめきのない具材、豆腐や大根、椎茸、ニラ、油揚げ、白菜なんかを入れるなら作らない方がましだ。なめこなめこを買うか?でも。今日はもうスーパーに行きたくないからこう簡易な食事にしているのだ。だとしたら……冷蔵庫を開けてみる。具になりそうなものは……あ。ネギがある。買ってすぐそこそこの長さに切って湿らせて保存パックに入れたまま数週間経ったネギ。なんか知らないうちに中の芯の部分が明らかに伸びているネギ。

 そうだ、これを入れよう。

 実家ではネギ入りの味噌汁を一度も食べたことがなかった。母がネギを嫌いだからだ。最近よくゲームを禁止された子供が大人になってから反動でゲーム依存になるケースが問題として挙げられているが、うちの場合その対象はゲームではなくネギだった。母親の顔色を窺って育ってきた私は人生の途中までネギを嫌いでなければならないのだとどこかで思い、特にそう感じたことはない(し店などで出たら何も言わずに食べていた)にもかかわらずネギが嫌いだと公言していた。嫌いなものを共有することで母を懐柔しようとしていた。でもその習慣も今は無用のものとなった。人間とはこうも自由なものなのか。本当に、ネギだけの味噌汁を作ることさえできてしまうのか。

 知らないうちに伸びていた部分はなんか気持ち悪くて捨てたが(サルトルの植物嫌いの気持ちが少しだけわかった気がする)、無事にネギ入りネギのみ味噌汁が出来上がった。味噌汁を思い上がらせる不安がよぎってか、味噌は若干少なかったかもしれない。でも、それっぽい味になった。子供の頃あんなにうんざりしていた味噌汁の味を目指して、その味がちゃんとしたことにほっとする。皮肉だなと思う。嫌い続けていた日々にも私の体はしっかり味噌汁で作られていたのだ。

 味噌汁のお椀が、右側に。レンチンご飯が左側に。それだけでこうも夕食然としてしまう。私のここ二ヶ月の食事は、夕食らしさという点で今夜の適当夜ご飯には到底敵わない。ポン酢滴るカット野菜を頬張りながら、たしかに食事には食事らしさという観念を消費している面もあったのかもしれないなと思った。一人暮らしを始めてからそのルーティンを壊すことに楽しみを覚えてきたのであったが、それもまた、ルーティンに縛られない自由という観念の消費であり、いずれにせよ「きちんとした食事」という概念、枠組みから逃れられてはいない。でも、いつも既存の枠組みに反抗していなくてはならないわけではない。平凡で型どおりの食事をなんとなく心地よく思うのだって、悪いことではないのかもしれない。

 そんなことを考えている間にも、ハンバーグはこちらを見上げている。レンジから取り出した後の上気した表情はもうない。こちらにはもう期待していない。ああ、たしかに、期待して、それが裏切られて、もう以前持っていたような希望を世界に見いだせなくなった存在の表情(かお)はこうだった。デミグラスソースの表面の油分が冷えて固まり、世界へ手を伸ばすようだった艶は鈍く虚ろな光の反射に変わった。たしかに私を欲していた(つまり私が欲していた)ハンバーグは、時間の経過とともに、私の気持ちの移り変わりとともに、その態度を変えてしまった。私とハンバーグの間にはたしかに関係があったし、それは変質した。

 無垢なハンバーグをよそに作ったのがあんなに好きでなかった味噌汁だったのも不思議なことだ。突如として湧いてきた味噌汁のある食卓への欲求は、刻一刻と色を失っていくハンバーグへの配慮をも吸い尽くしてしまった。衝動は嗜好を超えてしまう。好きでないものをどうしようもなく欲するような時がある。そういう不合理がいつでも私には、人にはありうる。ともすれば、その不合理に呈された一瞬の隙、その一瞬の揺らぎで、取り返しのつかないことになるかもしれない。人は理性や、意思や、自らの嗜好によってのみ行動できるわけではない。意識によってはどうしようもない力――それは自分の身体の内部でも外部でもありうる――によって動かされる。その力の存在を受け入れながらも、それでもなお自分が正しいと思うものを、選びとれる時に選びとるということが、実存的に生きることなのだろうと思う。と同時に、そのどうしようもない力に身を任せる、それにより自分の意識によってはたどり着けなかった場所へ行き着こうとするのも、また実存的なのだと思う。

 私は、ハンバーグを美味しいうちに食べなくてはと思っていながら、自分に味噌汁を作ることを許した。自分にそういう衝動が湧くのを感じて、そのままにしてみようと思った。別に好きでもない味噌汁を時間をかけて作り、温かいハンバーグを静かに損なっていくことは合理的ではないように思える。しかし私の身体は、私の意識を超えて、今味噌汁を作る必要があることを知っていたのではないか?味噌汁を通して刻まれた私のトラウマに対して、私はもう無力でないということ、私は自分の意思で味噌汁を食べることも食べないことも決めることができて、どの具を入れるかも決めることができて、だから、私はもう大丈夫なのだと、信じる必要があることを。そうだとしたら、今味噌汁を作ったことによって、私は自分の身体が自分の味方として、いることを知る。この場合の身体は心と呼ばれるものを包含しているが、それはトラウマという形をとって私に痛い思いをさせてきた。ように思っていた。でも、私はその身体と和解することができる。身体は傷そのものではなく、傷が癒えることを祈っている。なんと心強いことだろうか。

 私は冷めたハンバーグにいつかの、やはり冷めた私、諦め失望した私を見る。でも私は言う。それでもお前は美味しい。お前がいてくれて嬉しいと。

 

 

 

酔鯨

人がいてくれるのが嬉しい。私のためにではなく、私とは独立の主体としてそこにあってくれるのが嬉しい。複雑で、自分であっても果てしなく底知れなく思えてくる私と同じように複雑で奇跡のような存在が、あなたが、いてくれること。そんな奇跡みたいで、どんなに頑張っても私とは別個の存在が、私と言葉を交わし心を通わせてくれることのよろこび。どんなに分かり合えないように思えても、分かり合えなくても、分かり合えないままそこにいてくれること。あなたの零した一言一呼吸を私が受け止め、世界と触れる。私の放った音に動きに、あなたは世界を見る。すれ違った、瞳が捉え合った、同じ空気を吸ったその瞬間に、私はあなたの中で息をし、あなたを私は心に抱く。私から離れられない私は、あなたの瞳を心を言葉を通じ、私より遠くの世界へ飛び立つ。自由になる。

 

どうして大事にされないんだろう。どうして蔑ろにされるんだろう。どうして他人が自分の欲望を通すために犠牲にしていいと思われるんだろう。どうしてその人の承認欲求や種々の他人を必要とする欲求を満たすために私を利用していいと思われるんだろう。どうして私の意思を問わずに触ったり甘えたりして自分の欲求を満たしてもいいと思われてしまうんだろう。どうして損失を負わなければ大事にしてもらえないんだろう。どうして。どうして。どうして。どうして私は大事にすべき人間になれないんだろう。どうしてだめなの。どうしていつもこうなの。どうして?頑張って、真面目に、誠実に生きようとしているのに、どうして他人が欲を満たす道具にされて、人から恨まれて、自分を責めなくちゃいけないの。どうして怒れないの。どうして声を上げられないの。どうして自分で自分のことを大事にできないの。どうして?どうして。どうしてなの。一体どうしてこうなったの。

上海蟹食べたあい

最近、くるりの「琥珀色の街、上海蟹の朝」を、Spotifyを開くごとに流して頭を琥珀色に染めている。嘘で、琥珀色のイメージはてんでついておらず、上海蟹食べたい あなたと食べたいよというフレーズだけが自分の欲望と同化して鳴り響いている。

最初に、自分の意思とは関係なく2回聴いた。2回ともカラオケで(それぞれ別の)男子が歌っていたのだけれど、1回目ふーん、おもしれー歌詞と思ったもののしばらく忘れていて、2回目にあの時のだ、という感動を伴って急に体に入り込んできた。多分どちらが欠けても今こう鬼リピすることはなかった。

じゃあ、異なる人間が2回偶然カラオケで歌ってくれるという条件が満たされると上の効果が発動するのか、といえばそういうわけでもなく、今の私の心に共鳴して良くも悪くも震わせてくれるからこうなっているにほかならないのである。

聴く度に最初快いな、と思う。曲調が明るすぎず暗すぎず、朝焼けや夕焼けの少し遠くて暗さと隣り合わせのあかりが目の奥に滲むような。楽しさに心の底からはっちゃけることも、悲しさにボロボロと真っ直ぐ泣くこともなんだかできなくなってしまった私には、このくらいがいいのだ。強い快よりも優しさが欲しい。でも馬鹿らしいと思ってしまわないよう甘すぎないのがいい。そんなわがままハートに答えてくれるちょうどよさ。この曲調に知らぬ間に吸い込まれて、気づけば2周目、3周目をしている。

聴いていくとだんだん、そうも言っていられなくなる。心地いいとかちょうどいいとか、そういう問題ではない。これは大問題なのだ。というのも、最初の心地良さはどこへやら、聴けば聴くほど苦しくなってくるのだ。心が。言いようのない感情がもくもくと湧いて胸の底に沈む。もくもく、もくもく、次第に私のちっぽけな胸を一杯にして、いてもたってもいられなくする。なんだ、なんなんだ、この気持ちは。

ああ、そうか、きっとこれは、憧れだ。憧れであり、自分にはもうずっと届かない気がする苦しさだ。愛だ。そういうタイプの愛だ。

歌詞の初めの方は、シティポップというジャンルのイメージやぽわぽわした音とは逆に、割と荒涼とした感じのする言葉が並んでいる(ちなみに私は全く音楽を語る言葉を持たない。もう十何年も前に、特に好きでもないエレクトーンの前で習ったスタッカートやスラーくらいしか覚えていない。なので、そこら辺の語彙の薄っぺらさや不正確さには目を瞑って欲しい)。硬さ、強さみたいなものを感じさせるラップなのだが、一番の後半になると少しづつ綻びが見える。義理堅いガタイのいいお兄さんたちが(北斗の拳よろしく)西部劇なんかで出てきそうな荒涼とした道をラップバトルをしながらどしどし歩いていると思えば、その心は実はみな弱っているという。しかもお前(私)と一緒でみな弱っているのだと。ぎゅっと引き寄せられる。そういうギャップは大好物だ。自分もある意味そういうところがあるからなのか、はたまたそういう強そうな人の心の隙に居場所を見つけるのが好きだからか。ガタイのいい、向う見ずの、甘え下手な、頼りがいある、強面の人間(大いに比喩を含む)が人影でふと下げた眉尻や、上の歯で押さえつけた唇や、意図せず潤ませた目なんかを見ると、無言でその心ごと抱きしめたくなる。強面でブイブイ言わせているラップ男が一気に、自分と似た、理解可能な、愛すべき存在に変わる。自分語りをしすぎである。あ、今更だがこの文章は曲の論評をしようというものではなく(音楽の品定めをする資格など一度も与えられたことがない)、感想半分妄想半分回想半分なので大いに自分語りも含む。解釈と呼べたものでは当然ないし、多分間違ったことの方が多いが、私の見た世界は私だけのもの。

それで何だっけ。そう、この時にはもうこの愛すべき男(たち)から私は離れられないでいる。可愛くて心配で仕方ない。や、誰だ。半分はこの街の義理堅いガタイのいい男たちのことだし、半分は語り手(歌い手)のことだし、半分は私が愛すべきと思ってきた男たちの総体である。そしてそんな愛すべき男に、「この街はとうに終わりが見えるけど俺は君の味方だ」なんて言われてしまうのだ。無口で無骨で口下手な彼らが、こんなことを言うのだ。好きだ、とか、愛してる、とか、そういうんじゃなくて、味方なのだ。味方という言葉のどこまでも続く味わい深さに陶酔したい気がする。好きや愛してるみたいに相手と向き合うような気持ちではなく、一緒に同じ方を向いてぼーっとしていてくれるような、そういう愛情。恋愛は、どこか闘いのような感じがする。好き同士でもない限り、いやそうであっても、ゼロサム的にいつも本来的に利害が対立して、絶えず闘っている。相手がちょっとでも自分の思い通りに動くように、好きだよなんて言葉をチラつかせてみたり出し惜しんだり、利用できるくらいに思い上がらせて要らなくなったらつれなくしたり。疲れる。疲れてしまう。相手の目に映る自分を見たくなくなる時もある。そんな悩める現代人の心に、ああ、「味方だ」という言葉はなんと優しく響くんだろう。この街はとうに終わりが見えるのに。どうせ終わってしまうこの街で味方になって優しくする利益なんてもうないのに。それでもこの人は、私に何かを求めない、ただ幸せを願ってくれるような存在であろうとしてくれてるのか。その、ある意味での無関心さ、消極的な愛のようなものが、強ばっていた体をほぐすような。傷つかないよう武装した心を労り撫でてくれるような。びゅーてぃふぉしてぃーびゅーてぃふぉしてぃー(しばし脳の休憩)。

この後のラップについてはちょっと難しくてわからない。うおーすげー韻だーって思いながら聴いてる。「ずっと泣いてた」うんうん。「君はプレデター」ん?急に捕食者にされてしまったがまあ、いいか。むしゃむしゃ。「決死の思いで起こしたクーデター」クーデターとはフランス語のcoup d'Etatだがカナに直す時本当はクー・デタと長母音にせず止めるのが自然であっt

もういいよそういうの。君はもうひとりじゃないから。言われたい。もういいんだよねこういうの。そう、何がそういうのなのかわからないけど、現状を否定するでもなく、ただなんとなく嫌気がさしているようなこちらの気持ちを汲み取ってくれて、その気持ちをむしろ肯定してくれているような。強情な私が無責任にもういいなんて言わないでよ!って言おうと口を開きかけたところで、君はもうひとりじゃないからとか言う、そういう、も〜〜〜。ひとりにしないから、じゃなくて、ひとりじゃないから、なんだよ。有無を言わさずにいるって押しが強いようでもあるけど、自分の存在をこちらに押し出さずに、ただ「味方」だから、私に何を求めるわけでもなく、私が何をするわけでなくても、ただある、ただひとりぼっちじゃないことだけを最低限保証してくれる、別にそれが自分だなんて言わないんだけど、そういう優しさに感じる。

なぜこういう優しさが沁みるのか。一方ではそれが今となっては珍しいからだが、他方では、それで満足できなくなってしまったのがやはり自分だったからだ。素朴で飾らない優しさでこちらへ伸ばされた手を、ここまでの人生のどこかで、要らないと手で払いのけてしまった。もっと目立つ、立派で強くて特別で、私を意味ある何かにしてくれそうな、そんな激しい表現の方をある時点で求めてしまった。そのために失ってしまった、ただただ暖かいだけの手を思い出して、自分の若さと愚かさを悔やんでいるのだ。どこかで何かを越えてしまって、もう元の世界には戻れないような、途方もない寂しさを伴いながら、あの手を自分の手にとることを何度も何度も夢に見る。

そして来たる、上海蟹食べたい。ここ中国だったんだ。そういえばイントロの最初のところ、中国語の話し声だったかもしれない。上海蟹が唐突すぎてそれ以前の全ての記憶が真っ白になり、脳内が蟹に染まる。上海蟹食べたい、あなたと食べたいよ。あなたと食べたいよの破壊力。何かを一緒に食べたいって思うのって、愛じゃないですか。上海蟹なのは、単に自分が食べたいからだろうか、美味しいからあなたに食べさせたいんだろうか、それとも一生懸命に殻から外しているあなたを微笑ましく眺めていたいからだろうか。いずれでもいい。食べるっていう行為は、自分と食べる対象さえいれば成り立つはずなのに、そこにわざわざ特定の誰かを求める。あなたと向き合うわけではなく、あなたとともに蟹に立ち向かう。「俺は君の味方だ」って、言ってたね。きっと、こぼしそうになったら何も言わずに手を添えてくれるんだろうな。上手に食べなよ、こぼしてもいいからさ。この一行矛盾にとれるフレーズの味わい深さ。なんだろう、上手に食べる挑戦へ背中を押して、見守って、失敗してもこぼれたのを掬って、失敗した私も受け止めてくれるんだろうなって。優しさだし、愛だ。うう。愛だ……

そういえばどうしてbeautiful cityなんだろう。YouTubeのコメント欄を見ると、琥珀色なのは黄砂のせいらしい。黄砂が舞う街、それでも美しいのは、君との思い出に溢れているからだろうか。人の感覚って思いの外自分の中にあるものに影響されているから、乾いた砂漠の砂が舞って黄色くなったような街でも愛すべきものがあれば「琥珀」にさえ見えちゃうんだね。一緒に上海蟹を食べたのかな。『夜と霧』で、生きているかどうかもわからない妻を思い浮かべ、対話し、自らを充たしたフランクルのことをさえ思い出す。愛すべき存在を心の中に宿すことは、幸福なことだ。それが収容所であっても、黄砂の只中であっても。

上手に食べても心ほろにがい。あなたと食べたいよ。上手に食べられても、美味しく食べられても、あなたがいない。寂しい。一緒に食べたいのに。美味しいねと言いたいし、美味しそうな顔が見たい。そうだ、人を愛している時は、楽しいこと、嬉しいこと、美味しいものを経験する度に、今度はあの人と、あの人にも、と思うのだ。一緒にいない時にさえ人が心を掠めること。それが愛なんじゃぁないか。苦しい。苦しいなぁ。そんなことがあった気がする。いやたしかにあった。幸福で、今となっては遠い。美味しいものを独りでむしゃむしゃしていられるのは、嬉しいことなのに、なんか寂しい。だからか、一人で外食を滅多にできない。

それでも、一人でも、上手に割って食べようとする。あなたがいなくても、ちゃんと生きていけるからと。一緒にはいなくても味方だから。そうやってあなたのいない長い長い夜を越えていくのだ。夜を越えた先に、上海蟹の朝が、あなたと上海蟹を食べる朝が来るのだろう。来るのだと信じて、今日を生きるのだ。私にも来て欲しいなあ。愛すべき誰かと上海蟹を食べる朝。

独歩

悲しい。悲しいときは文章にすることで昇華させてきたが、何を書くかも浮かばない。

自分が今何を考えて悲しいのか、わからないし、言語化しても人に見せられるようなものではない気がして、ほっぽっている。

結局のところ、こうしてひとりぼっちで寂しさに泣いているのが私の真の姿な気がする。人が好きで、人とわちゃわちゃして楽しむ、それは本当に一瞬の話で、それ以外の時間の私は陰気で人見知りで楽しかった時間を味がしなくなるまで何度も何度も思い出すだけの悲しい人間なのだ。そして、それでいい。人といるのが当たり前になってしまってはいけない。求めてはいけない。一人でちゃんと生きていかないと。私を一番よく知る友達にも、お前は特定の人間を作らずに生きていくべきだと言われた。人を頼りにしている私はろくでもないと知っているのだ。

人は、別に、いなきゃいないでいいのだ。そりゃ誰もいなければ寂しいけど、やっぱこいつでしょってやつがいなくたって、なんとなくその時々一緒に過ごしたりする人がいればそれで、時間ってものはすぎていく。ただ、ふと何かの拍子に、そういう、この人は私といようとしていてくれるかもしれない、ありのままの私を受け入れてくれるかも知れない、みたいな人をうっかり作ってしまうと、そういう隙を与えてしまうと、だんだんとそれが当たり前になってきて、人間が絶えず欲しくなる。依存だ。糖分でありカフェインでありニコチンであり薬物でありTwitterだ。

なぜ人間が欲しくなるのか。本質的には楽だからだろう。いい人間でなければならないと思い続けるのは疲れる。清く正しい人間でなければならないという呪いが、一人でいるときは常につきまとい、私はそれに従うか、従わずに罪悪感に襲われるかのどちらかである。ところが人といると、生の自分を見なくて済む。その人との関係では、その人に見せている自分しか自分ではなくなる。その人に自分が好かれているのなら、その人との関係に安住している限り、私は好かれるべき人間として生きていられる。ないしは、自分ではいい人間であるといえるのか判断しかねる自分を、人に対してさらけ出し、その肯定を得ることによって、自らの判断に代替させているのである。私はずるいからどこかで、否定されないと信じて、否定してこないだろう人を代替的判断者に選んでいるのだろう。しかし私が肯定の中にい続けるためには、常に肯定してくれる人と一緒にいなければならない。人との関係の外にほっぽり出された瞬間、私はその人の肯定からも追い出され、また様々な感情と意思と欲とが混濁した自分自身と向き合い、正しくないかもしれない自分であることの心細さに凍えなければならなくなる。人といるときは特に、その人の中に映る自分を整えるだけで、自分そのものの正しさは見なくなるから、関係性の外側に追い出された瞬間、人に映し見ていた自分とは全く異なる、醜悪な自分と対面させられ、自分という狭い空間の中に同席させられ閉じ込められる。これが耐えがたいのだ。他人の肯定に甘んじていたせいで、自分で自分を肯定する能力を退化させた私の目の前にいるのは、ただでさえ醜い、ずるくて汚くて卑しい自分であって、これを自分だと認めて肯定して生きていくなど、到底無理ではないかと思う。自己が分裂し、常に一方が一方を憎み責め立てる声を自分の内に聞き続ける。正気でいるのが難しい。どの自分をも、自分の醜さをも道連れにして、海の藻屑にでも成り果てれば、このような喧騒を世の中から消し去れるのではないかと、思い始める。寂しさと死にたさがいつも同時に来るのは、このようにしてなのだろう。

ああ、私が「優しい」のも、同じ話だ。私は人を否定しない。私は人を許す。私は人を受け入れる。それは、私が人にそれを求めているからだ。ないしは、もっと悲惨なことに、それを売り物にして、私への肯定を、好意を、忠誠を、支払わせている。相手の要求を叶えてあげた人間になることで、相手にとって特別な、大切にせざるを得ないような人間になることを潜在的に企図しているのである。自分そのもの、絶対的/客観的な自分が正しいものであることを諦めてでも、人に映る自分を身綺麗にする。この人に肯定されたいと思う人にはいくらでも「優しく」なるが、そう思わない人、思わなくなった人に凄まじく冷酷になれるのもそのせいだ。私は都合良く優しさを脱ぎ着しているだけだ。私の醜悪さはそこにある。優しいと思われがちな外面と、途方もなく利己的で計算高く貪欲で非情な内面が、一つの私として存在している。気持ち悪くなる。自分の内面を見たくない。他人の見る「優しい」私を私だと信じて生きていたい。そのためには、絶えず人といなくてはならないのだ。結局、人を自分の醜さを見ないための目隠しとして利用しているに過ぎないのかもしれない。吐き気がする。

人といない期間が長ければ、その間絶えず自己を責める声の応酬を聞いていなければならないが、だんだんと外面の良さが薄れていって、ないしは絶対的で客観的な自分そのものをいいものにしようという気が芽生えて、内面の醜さとのギャップが薄まる。そうするとなんとか、一人でも生きていけるような感触を覚えるようになる。それがいい。人に頼らないと生きていけないような自分はしょーもない。自分と他人を偽りながら善人ぶる自分は気持ち悪い。これでいいこれでいい。寂しさを作り出して人を探す口実にするな。共依存を愛と呼んで求めるな。強く生きようとする意志を放棄するな。きっとちゃんと生きていける。私はちゃんと生きていける。

なーんて言いながら、ちょうどいい人が見つかればまた、ごにゃごにゃ言い訳をしてとぷとぷ溺れていくんだろうなぁと思うと、やになっちゃうね、まったく。

閑けさに

喧騒という言葉にはかなりの確率で「都会の」という接頭語がついているように思う。喧騒の中に住んできた。喧騒と共に育ってきた。それは自分以外の人間が存在していることを絶えず教え込んでくる囁き声であって、自分が喧騒の小さな小さな一部に過ぎない自覚を押し付けてくる怒鳴り声であった。

喧騒を構成する一人として生きねばならない。時にその喧騒はませた女子中学生の黄色い声であり、時にそれは優秀な大学生のリベラルな訴えであった。人に影響され、人と同一化せねばならない。成功せねばならない。尊敬されねばならない。ねばねばねば……

うるさい、とはねつける機会もなかった。喧騒の中にいれば喧騒は"聞こえ"ない。"聞こえ"ずとも、聴いておらずとも、内面化されたねばはいつも私を規律する。その声は場面場面で演じるべき役の台本となった。その通りに演じていればいい。しかし、永遠に演じ終わることはない。どの私が本物なのか。どの私が演じている私自身なのか。自分でもわからなくなる。優等生の、おっちょこちょいの、不思議ちゃんの、無表情の、よく笑う、泣き虫の、寡黙な、素直な、ミステリアスな、何でもそつなくこなす、不器用な、私は、私なのか、役柄なのか。自分がしたいと思うことは、したいと思ったことなのか、したいと思わねばならなかったことなのか。もう分からない。自分でも分けることができない。喧騒が一つの喧騒としてあって一つ一つの声に分けられないように、私の人格や思考もごちゃごちゃと混ざりあって一つの「私」をなしているとしか言えない。我思うゆえに我ある、ことは確かだが、その我はどの我なのか。

喧騒を内面化し、出来上がった各人格の思考どもが喧騒をなし、それらを搭載した私がまた都会の喧騒に吸収されその一部をなす。そうした濁色の循環が都会の空気には漂っているのだ。私がこうなったのはお前のせいだといえるほどの、強い強制も特定の発信者もいない。ただなんとなく私は私の責任で、なんとなく自分の中に流れる淀んだ声に従い、なんとなく今のような自分になっている。喧騒の中は孤独だ。責任を負い負われるような繋がりを持たずに生きていけてしまうから。言い訳を許してくれる、その言い訳の相手すらもいないから。選んだのは自分、したのは自分、全て自分のせい。自分で責任をとらなきゃ。人は周りにたくさんいるのに、私は私の右心室に閉じこもって、一人で考えて一人で苦しんでいる。

まあ、それも普通になってしまったら、なんてことはないのだけど。

そんなことを考えているような考えていないような日常の中で、旅行に来た。田舎だ。畑が広がっていて、コンビニの駐車場が広くて、山に見下ろされていて、「旅行先」であった。最近旅行に来ても、すごく楽しくはあるけど、なんとなく自分の中に染み込んでくることはなくって、旅行というパッケージに詰められた「非日常」を消費している感覚になってしまうのだ。その景色から、そこでの人々の生活から、疎外された自分を感じてしまう。与えられた「非日常」を、美術品を見るかのように外側から鑑賞して、なるほどこれこそ非日常とふんふん頷く。どこまでも続く日常を確認する。よそ者として、他者として、遠慮しながら客らしく観光地を巡る役割を持った人間になる。結局役割を全うしなければならない。その役割がいつもと少し違うだけ。

そうであっても楽しくはあるので、今回の旅行も気の置けない人々と一緒に過ごす時間も含めて楽しみにしていた。気を遣わずに―よそ行きの顔を用意せずに―話せる人々と一緒に来たからか、車にいるだけでも少し仮面を付け替え付け替えする日常から離れられたのかもしれない。かなり自然に笑えていた気がする。

誰もまともに計画せず、宿だけ予め決めておいてその場で行く場所を決めるような気楽さもよかった。誰かによって価値の付与された観光地をできる限り多く網膜に映すようプログラムされたロボットではなく、車窓の何でもない雪景色やどこまでも続く名もない畑を自由に好きだと言える人間になれた気がした(あまりに短絡的な対比なのは否めないが)。〜〜行くならここ!と言われる観光スポットに来てみて、思いの外心の動いていない自分に気づき、なんとなく出来損ないな感じがして居心地悪くなることもない。普段旅行に行くならと頑張って読んでいた旅行雑誌も、ポップな文字の形をとった喧騒にほかならなかった。雑誌の裏にいる姿の見えない人の集合が、ここに行かねば、ここの素晴らしさを堪能せねばと訴えかけてきて、その声に引っ張られるがまま観光スポットを転がるマリオネットになる。ああ、引っ張られずに行く旅行はこんなにも自由で、リアルなのか。いいと言われているものではなく、いいと思ったものがいいものなのか。

馬鹿みたいなことを話して馬鹿みたいにうるさい車に乗って、喧騒からはだんだんと離れていった。

二日目に行った唯一の観光地らしい場所が立石寺だった。縁切り寺という情報しか与えられないまま、いい縁が間違って切られてしまわないといいなと考えて車に揺られていた。そんなに栄えてはいないけど雰囲気ある飲食店街で、やっぱり名物は食べなきゃと芋煮蕎麦を頼んだ。牛肉と汁が美味しかった。

千段の階段を登らないと縁は切れないらしい。悪縁はよほど切った方がいいものだと知る。お正月に引いていまいちだったリベンジをすべく、おみくじを引いた。大吉の割には手厳しい内容のそれに満足して、登り始める。どんな風景か、調べないで来てよかったなと思った。確認でなく発見であったから、あんなに美しいと思えたのだろう。岩に生える苔に、差し込む昼過ぎの陽、上気する体を落ち着ける雪を吸い込んだ空気、全てが愛おしく、そこにあった。愛おしいものたちと同じ空間を私はたしかに共有していた。それだけで、じんわり満たされた気持ちになる。

くだらない会話をしながら、一段飛ばしで階段を登る、登る。運動不足の体は思ったより軽く段の上を滑っていく。何者かに引っ張られず、自分の足で登っていく。自ら踏み出す一歩はこんなにも快いものだったか。

途中の休みどころみたいなスペースから見下ろした街と見上げた雪山が、びっくりするほど現実のものとして、自分に迫ってきた。お前はたしかにここにいるのだぞ、と私の肩を押さえる。ただただ美しい景色と、その景色と私が同じ場にある実感に恍惚として、ぼうっと四方を眺めていた。

さらに上に登って、目的の、奥の院についた。ふと、気づく。音が、ない。人の話し声はする。でも、その後ろ側に、音がない。やけにくっきりした特定の人の話し声が一番上のレイヤーにあって、その奥のレイヤーには音がない。まるで、この空気には、私たちしかいないみたいだ。否、本当に、私たちしかいないのだ。そこで話をしている知らないおじさんと外国人の女性も含めた私たちがいて、それ以外には何もいない。くっきりした声は、私たちの輪郭もくっきりとさせた。こんな絶景を前に、視覚ではなく聴覚をめいいっぱい働かせている私を、責める声はしない。私は私が今感動していることを感じていて、その感動が他の何者のものでもないことを知っている。自由だ。いつもいたはずの喧騒が、いつの間にかいなくなっていた。この光景を、同じ空気を、そこにいる人々だけと、一緒に感じられていることにこの上なく満足した。いつもどこかで持っていた寂しさが喧騒とともにどこかへ消えた。ああ、縁が切れたのかしら。

そこで思い出した。入口の石碑に、芭蕉の句が彫ってあったのだ。

閑けさや岩にしみ入る蝉の声

いつもしていた、蝉の声のようなけたたましい背景音が岩に吸い込まれた静寂に、残ったのは私であり、私たちであった。